はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 71 [迷子のヒナ]

ヒナの誘惑に負けずに済んだのは、己の自制心とは全く無関係だ。
ジャスティンはほとんど屈していた。ヒナが硬くなった分身を擦り付けてきた時には、邪魔な布地を引き裂き、そのまま深々と貫きたくなった。
有無は言わせない。ヒナも望んでいるのだから。ただ始末の悪い事に、ヒナは自分が何をされるのかまったく知らない。

串刺しにされたヒナが泣き叫ぶ姿は見たくなかった。

「昼寝の時間だったか?」ジャスティンは腕の中で眠そうに目をしばたたくヒナの額にキスをした。指の背で軽く髪を撫でてやると、ヒナは陽だまりで転寝する子猫のようにあくびをした。

「うん。ジャムが話があるからって――」ヒナはゆるりと目を閉じ、ジャスティンの胸元に頬ずりをした。「お昼寝はあと、って怖い顔で……」鼻の穴を膨らませ、たっぷりと匂いを吸い込んでいる。

「ひどい事言われたのか?」
ジャスティンは帰宅した時、ヒナが泣いていたことを思い出し、途端に息苦しさに襲われた。

「ううん。ジャムはニコのこと聞いただけ」ヒナは目を閉じたまま答えた。

「ニコか……」
ヒナから他人の名前を聞くのは初めてだ。もちろん、ニコというのが誰かの名前だったら、の話だが。

「うん。お母さんの友達。ヒナに時計くれた人」

「そうか――」ヒナの母親か……。この三年、母親の話を聞いたのはほんの僅かだ。「なあ、ヒナ。このあとジェームズからいろいろ話を聞くが、ヒナから直接言っておきたい事はあるか」

出来れば洗いざらいヒナの口から聞きたい。ジェームズの知らない内容が含まれていればなおいい。

「うん、ある。ヒナはね……小日向奏っていうの。えーっと、カナデ・コヒナタ?」
ヒナは今度は目を開け、ジャスティンを見て言った。

「カナデ――それがヒナの名か……」
耳慣れない名前だが、ジャスティンはその響きがすぐに好きになった。もっとも、『ヒナ』のほうがしっくりとくるが。

「でも、ヒナって呼んで」
まるでジャスティンの心を読んだかのように、ヒナは愛嬌たっぷりに言った。

「ああ、そうするよ」ジャスティンは微笑んだ。

「あと、お父さんは草助。お母さんは杏。で……パーシーはヒナのおじさんなんだって」

「パーシー?」誰だパーシーって?まさか――「パーシヴァルのことか?」

「うん。ジャムとお話してた」

あの節操なしの淫乱がヒナのおじだと?冗談じゃない。
だが、これで合点がいった。パーシヴァルの訪問でなぜヒナの身元が判明したのかが。

どうやらここでヒナと遊んでいる場合ではない。ジェームズから詳しい話を聞かなければ。

だがジャスティンがジェームズの待つ図書室へおりたのは、それから三〇分もあとのことだった。

つづく


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迷子のヒナ 72 [迷子のヒナ]

おしゃべりなヒナはいったん喋り始めると止まらない。

いままで頑なに口をつぐんでいたのが不思議なほどだ。

「ところでヒナ、その、おじいちゃんが屋根の上のネコを助けたという話はいま必要かな?」
ジャスティンはヒナの話を遮って言った。

遮られたとは思っていないヒナは「うんっ」と笑顔で一言。話を再開した。

ジャスティンはヒナを半身に乗せた状態で、小さく首を振った。

いまのは俺が悪い。
ヒナは一生懸命、日本からここへ来たいきさつを話しているのだ。邪魔をしてはいけない。だが、亡くなったおじいちゃんの、ネコ救出作戦の話は本当に必要なのか?いや、いいんだ。必要なくとも。ヒナの口から紡ぎだされる話は、多少意味が不明でも楽しいのだから。だが、なにせ時間がない。いやいや。時間はたっぷりある。ジェームズなんか待たせておけばいいんだ。あいつは待つのが大好きだからな。

とはいえ、ヒナはいつになったら日本を発つのだろうか?おじいちゃんはまだ生きていて――ネコにエサをやっているし、パーシヴァルに繋がる人物もまだ登場していない。

「それでね、ヒナはお母さんのおじいちゃんに会いたいって言ったの」

やっとヒナが日本を出発しそうだ。

「それで?」と話を促す。

「お父さんはいいよって言ってくれたのに。お母さんはダメだって……」

まだ出発しないか……。

「いままで、こっちのおじいちゃんに会ったことは?」

「ないよ。だっておじいちゃんはひとりしかいないと思ってたから」

ということは、ヒナの母親は自分の家族の存在をヒナに明かしていなかったことになる。

しかし、ヒナはいったい日本でどんな教育を受けていたのだろうか?両親にそれぞれ両親がいると思いもしないなんて。まったく、ヒナらしいといえばらしいが――

と考えている間に、ヒナが腕の中から逃れゴロンとベッドの端まで転がって行った。

「ヒナっ、なにしてる?」

ヒナは起き上がると、すでに肌蹴ていたシャツを頭から脱いだ。

「脱ぐの」とヒナ。

というより、すでに脱いでいる。

「脱ぐの?なぜ?」

「お昼寝するから」と言ってヒナはズボンのボタンに手を掛けた。さっきの激しいキスの名残か、いつもより布地がピンと張っている。

とりあえずヒナは、日本を出発する前にお昼寝をするらしい。
ジャスティンは裸になったヒナを寝かしつけ、ついでに自分の息子も寝かしつけて、部屋を出た。

つづく


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迷子のヒナ 73 [迷子のヒナ]

「ホームズ、熱いコーヒーを頼む」

ジェームズの話を聞き終わったジャスティンは、開口一番そう言った。ジェームズのいかにも事務的報告といった話しぶりに、途中何度も苛々とさせられたが、あえて口出しはしなかった。それもこれも、ヒナが起きてくる前に話を済ませたかったからだ。

「コーヒーでよろしいのですか?」とホームズ。

アルコールでショックをやわらげろとでも言いたいのか?そうしたいところだが、寝起きのヒナに『ジュス、お酒くさい』などと言われ、キスを拒まれては困る。

「ああ。出来るだけ早く頼む」

ジェームズの背後であれこれ口出ししていたホームズは、ヒナの父親について事細かに調べ上げていた。

小日向草助――石炭で財を成した小日向伝三郎の四男で、十六年程前にアメリカの友人と共に出席したパーティーで、伯爵家令嬢のアン・ラドフォードと出会った。

出会うだけならよくある話。

「ジェームズ、お前はこの話、どこまで信じている?」ジャスティンは胸の前で腕を組み、椅子の背に寄り掛かった。椅子を大きく後ろに傾げ、以前ヒナが同じような事をしてひっくり返ったのを思い出し、思わずふっと笑ってしまった。

「この話?駆け落ちの話のことか?全面的にといったところかなぁ……パーシヴァルの胡散臭い話と、ホームズの集めてきた情報が合致したんだ。疑う余地はないだろう?」
笑っている場合じゃないぞ、と咎めるような口調のジェームズは立ち上がって窓辺に行ってしまった。

「駆け落ちを手助けしたのが、ニコラって事もか?」ジャスティンも同じように窓辺に行き、腰窓の窓枠に片尻を乗せ、ジェームズに向かい合った。

「彼女の性格は、君の方がよく知っているんじゃないのか?いかにもそういうことしそうだろう?」

確かに。ジェームズの指摘した通り、ニコラ・バーンズという女性は、いかにも、そういう事をしそうだ。おせっかいで情熱的で、男の御し方を心得ている、とにかく勝気な女性。

彼女はジャスティンの兄の妻で、現在はひとり領地に残って出産準備中だ。

「ニコラが事故の真相を調べているという話は?」なぜニコラがという疑問が口をついて出る。

三年前、ヒナと両親の乗った馬車が事故に遭った。事件の疑いもあるが、それよりも重要なのは、その事故も両親の死もすべて闇に葬られてしまった事だ。
闇に葬ったのはアンの父親、ラドフォード伯爵だ。しかもヒナを捨てた。ジャスティンはそのことに関して強い憤りを覚えたが、あの時、ヒナを手放せたのかと訊かれたら、ノーと答えるだろう。いまだって絶対に手放すものかと思っているのだから。

「それを確認するためにも、会いに行きくべきだと言ったんだ」
ジェームズの口調は決定事項だといわんばかりだ。

「会いに?あいつの屋敷にか?」ジャスティンは不快感も露に言った。

「グレゴリーはいまロンドンだろう?それに屋敷はまだお父さんのものだ」

そうだが……。ヒナの為にもニコラに会いに行くべきだと分かっている。けれど、兄と出くわす危険性のある場所にみだりに足を踏み入れたくない。出くわさないにしても、後々報告されても困る。

ふいにジェームズがニヤリと笑った。ジャスティンはドキリとした。ヒナが起きてきたのかと振り返ると、戸口に銀盆を手にしたホームズが立っていた。

「旦那様、心配は無用です。わたくしがきちんと取り計らいましたので、グレゴリー様にこの事が知られることは決してありません」
ホームズは自信たっぷりにそう言うと、テーブルの上にコーヒーカップを広げた。熱々のコーヒーを注ぎ入れ、背筋を伸ばし、ジャスティンの返事を待った。

「わかった。パーシヴァルの意図を探るためにも、ニコラに会いに行く。ヒナもそれを望んでいるんだろう?」

結局、俺には選択の余地はないということだ。
ジャスティンはテーブルに戻り、不貞腐れた子供の様に椅子に座ると、顔を顰めながら熱く苦いコーヒーを口に運んだ。

つづく


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迷子のヒナ 74 [迷子のヒナ]

暖かな午後だった。

にわかに慌ただしくなったバーンズ邸が更に慌ただしくなるのは、もう少しあとの事。

昼寝から目覚めたヒナは、ぼんやりと天井を見上げ、にんまりと笑った。

ジュスが帰ってきた。

おかげで興奮し喋り過ぎて、ついうとうとしてしまった。と思っているのはヒナだけで、実際はぐっすり三時間も眠っていた。

その間、何の問題もなくジャスティン達がニコラ訪問計画を完了させたことは幸いといえるだろう。

ヒナは起き上がって、ベッドの端に座った。脱いだシャツを探してきょろきょろする。

あった!

ヒナのシャツは、お気に入りの緑色のソファの背に丁寧に置かれていた。どうやら皺にならないようにと、ジャスティンが気を利かせたらしい。

ヒナはベッドから飛びおり、わずかな距離を駆けた。すばやくシャツを着て、ズボンも身に着けた。焦るあまり、ボタンを掛け違えてしまっているが、焦っていなくてもそうなる。ヒナはいつも通りまったく気付かず、部屋を飛び出した。

階段を駆け降りながら、お腹が空いたと、ふとシモンを思い出す。玄関広間でキッチンへ向かうか、図書室へ向かうか、ほんのちょっとだけ悩んだ。

おやつはあとで。と、図書室を覗いたが、誰もいなくてがっかりした。

ヒナはその足で、ジャスティンの書斎へ向かう。うきうきと大きく手を振って歩いていると、廊下に置かれた木製の花台に手をぶつけてしまった。

ゴッ!!

「ッ!!……ぃ、たぁい……」

あまりの痛さに涙が滲んだ。身体からみるみる力が抜けていき、その場にへたり込んでしまった。書斎まではもう少し。ヒナはズルッズルッと這いながら、大好きなジャスティンを目指した。

『――ところで、ヒナはなぜニコラに会いたいと?』

ジュスの声だ!!

『おそらく、両親の死を直接伝えたいんだろう』

ジャムだ……。

『ヒナは知らないはずだろう?両親が亡くなっていることは』

『いいや。知っている。ちゃんと分かっているんだ。あの子はそこまで馬鹿じゃない――記憶を閉ざし、現実から目を背けて生きるすべを心得ていたんだからな』

『酷い事故にあったんだ。当然だろう!』

『ふたりともおやめください。お坊ちゃまはいまなお傷ついたままなのですよ。両親を助けられなかった罪悪感に苦しんでいるかもしれないというのに、まったく――」

ホームズ……。

みんな全部知っているんだ。

ヒナは両手をついて立ち上がった。もう手は痛くない。踵を返し、とぼとぼと廊下を戻る。

やっぱりお父さんとお母さんは死んじゃってたんだ。ヒナが助けを呼べなかったから。
それにのんびり寝ている間に、恐くなって全部忘れてしまいたいと思ったこと、ジャムは知っている。

ホームズ。ヒナは苦しんでなんかいないよ。ジュスと一緒でずっと幸せだったもん。

ヒナは悪い子。ジュスの言う通りだ。

つづく


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迷子のヒナ 75 [迷子のヒナ]

そうは言っても、いつまでもめそめそしないのがヒナだ。

ヒナはそのままキッチンへ向かった。喉が渇いたし、お腹も空いている。ついでに話も聞いてもらいたいとくれば、頼れるのはシモンだけだ。

そしてその頃シモンは、戦場さながらの熱気に包まれていた。
最低でも三日はのんびりと過ごせるはずだったのに、なぜかあるじが戻って来た。しかもウェインが今夜のディナーについてあれこれ口出ししてきて、シモンはちょっぴり不機嫌だった。

「シモーン、忙しい?」

この猫撫で声は!
ヒナがお腹を空かせて巣へ戻って来た。

「ウイ、ムッシュ」シモンは振り返らず言った。火を扱う時は一瞬たりとも目を離してはいけない。

「そっか……」と、ヒナの残念そうな声が聞こえた。

「どうしたんだい、ヒナ?この時間は忙しいって知っているだろう?とくにあるじが帰ってきたとあっては、シモンは夜まで休めそうにないよ」
軽く肩を竦めながら、スープの入った大鍋をかき回した。実は、もうそろそろ休憩しようと思っていたところだ。

「うん。頑張って……」

「おやおや、坊や。元気がないな。このカナールをオーブンに入れてしまえば、こっちのものさ。さあて、ヒナ――そこへお座り。わたしが話を聞こうじゃないか」

振り返るとヒナがとんでもない恰好で立っていて、シモンは度肝を抜かれた。頭は爆発していて、シャツは乱れボタンを掛け違えている。

ということは……まさかっ!もうあるじと?

急に喉の渇きを覚えたシモンは、額の汗をタオルで拭うと、テーブルの上のレモン水に手を伸ばした。それをグラスに半分ほど注ぐと、テーブルの下から、琥珀色の液体の入った瓶を取り出してグラスをいっぱいにした。

「なんで話があるって分かったの?」ヒナは自分でレモン水を注ぎ、ごくごくと飲み干した。

「わかるさ。だって、わたしたちは友達だろう?」

さあヒナ。あるじとのあれこれを教えておくれ。

「シモンは師匠だよ」ヒナはいつもの席に座った。クッキーがないかときょろきょろする。

クッキーはここさ、と引き出しを開けて四角い缶を取り出し、ふたを開けてヒナの前に置いてやった。「あるじに今夜、作戦を決行するのかい?」もうしたんだろう?と、青い瞳に好奇心の色を浮かべ、シモンも座った。

「ううん。それどころじゃないの。ヒナ、お父さんとお母さんが死んじゃって、パーシーがおじさんで、ニコに会って言わなきゃいけない事があって、それなのに、みんなヒナを仲間外れにして――」

シモンは精一杯ヒナの話の意味を考えたが、突然降って湧いたような情報量の多さに眩暈がしただけだった。
けれど、そこで分からない素振りをしないのがシモンだ。両親が亡くなったという情報だけを頼りに、ささやかな嘘を吐く。

「わたしの両親は……事故だった。あれはもう昔のことさ――」

「事故?シモンも?」

ヒナの顔に憐みとも悲しみともつかない表情が浮かび、シモンの胸がチクリと痛んだ。

「おや、ヒナもかい?それは大変だったね」

「うん」

「それに、シモンもいつも仲間外れさ。あの連中はわたしの存在を無視して、いったい誰のおかげでいつもおいしい料理を食べられると思っているんだか」

「シモンのおかげでしょ?」

「いや、ヒナのおかげさ。まあ、作っているのはわたしだが」シモンはウィンクをした。

「どうしてヒナのおかげなの?」ヒナは一切わかったふりをしない。

「ヒナがうちにやって来なかったら、わたしはとっくによそに行っていたさ。それで、美食家気取りのいけ好かない野郎に高い給金を貰うためだけに、せっせと腕を揮っていただろうね」
シモンは自分で自分の言葉に身震いをした。実際、そうなっていてもおかしくなかった。

「いけすかないやろう、ってなに?」ヒナが不思議そうに訊いた。

「おや、わたしはそんな汚い言葉を使ったかな?さて、ヒナ。夕食の前のデザートはいかがかな」

つづく


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迷子のヒナ 76 [迷子のヒナ]

たっぷりと一時間シモンの邪魔をしたヒナは、焼き菓子を手にキッチンを出た。

狭く暗い階段をのぼりながら、リネンクロスを広げお気に入りのジャムクッキーをひとつつまむ。

サクサクと小気味いい音がし、ジャムが奥歯の溝にぴったりとはまった。ヒナは舌先でつつきながら、次のクッキーを口に運んだ。

ヒナは晴れ晴れとした気分だった。
シモンの優しい嘘に癒されたのだ。シモンのお父さんはパン職人。お母さんはシモンと同じくらい料理上手で昔はお屋敷のキッチンで働いていたらしい。それは前にシモンが言っていたこと。事故で亡くなったなんて、その時は一言も言っていなかった。

階段をのぼりきったところで、ヒナは包みを閉じた。みんなには内緒だよと言われていたのを思い出したのだ。

足を速め、広い廊下の真ん中を手をぶつけないように進んでいく。ふと、玄関から知らない声が聞こえた。

「誰も迎えに出てこないなんて、怠慢だな。ジャスティンはもっとまともな使用人を雇うべきだよ」

「言っておきますが、あなたは客ではありませんよ」

「偉そうにするな。使用人のくせにっ!」

「その使用人に泣きついたのは誰でしょうね?コリンお坊ちゃま」

「くぅっ、こいつ。お坊ちゃまって言うなっ」

玄関にはヒナよりも一〇センチは背の高い同じ年頃の男の子と、いつものようにすました顔のエヴァンがいた。

「エヴィ?誰なの?」ヒナは広間に足を踏み入れ、エヴァンと見知らぬ少年を順に見た。

「ヒナ、ひとりかい?」とエヴァンは尋ねた。

「うん。みんなジュスの書斎にいるよ」ちらりと少年を見る。

「おい、エヴァン。こいつ誰だ。すっごい汚い格好しているけど、物乞いか何かか?」

ヒナは目玉が飛び出そうになった。他人からそんなふうに言われたのは初めてだったからだ。しかも自分の恰好をよく見ると、確かに綺麗とは言い難い恰好をしていた。シャツはくしゃくしゃ。ボタンを掛け違えているせいもあってか、裾がだらしなくズボンの外に垂れ下がっている。きっと寝起きで頭はもじゃもじゃ。

それにひきかえ目の前の彼は、黒の上着に格子柄のグレーのズボンという、いたって常識的ないでたち。服には糸くずのひとつもついていないに違いない。靴はピカピカ光っているし、深紅のネクタイがシャツの白さ、更には肌の白さを引き立たせている。ヒナとはひと味違う白さだ。

「コリン、ヒナにそんな口をきかない方がいいぞ」エヴァンが厳しく注意する。

「きいたらどうなるって言うのさ」赤い唇が不満げに尖がった。

「間違いなく旦那様に嫌われて追い出される」

今度はコリンと呼ばれた少年が目を剥いた。何かもごもごと言い、応接室へ案内しろとエヴァンをせっついた。

そこへ騒動を聞きつけたジェームズがやって来た。慌ててジャスティンを呼んでいる。

ヒナは気付いた。コリンはライバルだ。

ジュスに近づかせないぞ!

つづく


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迷子のヒナ 77 [迷子のヒナ]

エヴァンともあろう者がよくもこんな失態を。

ジャスティンの怒りの矛先はエヴァンのみならず、視線のずっと先のコリンにも向けられた。ここへ来たことがクレイヴン卿に知られたら、コリンもジャスティンもただでは済まないだろう。

そのコリンは今、バーンズ邸の応接室の、最も高価で座り心地の悪い椅子に事も無げに座り、目の前のヒナをじろじろと値踏みしている。
ヒナは緊張しているのか膝の上でぎゅっとこぶしを握り、敵意にも似た視線に負けまいと睨み返している。

珍しく牙を剥くヒナに、ジャスティンの怒りはほんのわずかだがやわらいだ。

あとでもつれた髪を梳かしてやろう。だが、その前に着替えだ。あの恰好はなんだ?ダンのやつはどこへ行った!

ジャスティンは一旦部屋の外へ出て、廊下の隅で気配を消して佇むエヴァンに顎をしゃくった。エヴァンはサッと歩み出て、そのままジャスティンの前で傅くのではという動きを見せたが、その前にジャスティンが口を開く。

「お前が命令に背くとは意外だったな」

腹が立ち過ぎて、ありとあらゆる酷い言葉を列挙してしまいそうだ。

「申し訳ございません」エヴァンは頭を垂れ、声を絞り出した。

「言い訳を聞かせろ。うまくあしらえると豪語したわりに、あっさりと丸め込まれた理由は?まさかコリンの嘘くさい涙にほだされたわけではないよな」

皮肉とは言い難い辛辣な物言いに、さすがのエヴァンもひどく狼狽えた様子で、額の冷汗を拭った。

「旦那様の言いつけどおり、クレイヴンへ送り届けるつもりでした。しかし家には帰らない、学校へ戻ると言われ、それに従いました」

なんて子供じみた言い訳だ。とてもエヴァンの口から出たセリフとは思えない。

ジャスティンは溜息を飲み込んだ。送り届ける先を指定しなかった自分が悪い。それにおそらく、エヴァンはあの小生意気な子供を憎からず思っているようだ。

「ここは学校か?」と言って、やはり溜息が出た。

「いいえ」エヴァンが即答する。

「では今すぐに、学校へ送り届けてこい。うちの一番早い馬車を使え。三〇分後には無事到着できるだろう」

「ですが、あの子――いえ、コリン様は残念ながら放校になったようです」

くそっ!『僕は問題児なんだ。ジャスティンと一緒だよ』はそう言う意味だったのか。

学校で引き受けを拒否され、おそらくエヴァンはクレイヴンへ引き返そうとしただろう。そこでコリンがどんな手を使ったのかは容易に想像できるが、それに屈するとは。

「エヴァン、しばらく仕事は休め」

エヴァンの灰色の目に動揺が走った。

「ク、クビですか?」

「いや、いまからコリンの世話係だ」

これ以上の罰は存在しないだろう。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
エヴァン…めちゃくちゃ怒られちゃった

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迷子のヒナ 78 [迷子のヒナ]

ここまでは計画通り。

ジャスティンの怒りの度合いも、ほぼ想定の範囲内。

だが、こいつはなんだ?

コリンはもじゃもじゃ頭のヒナと呼ばれていた少年を、これでもかという程眺めまわした。

格好よりなにより、喋り方がおかしい。
どこの訛りなのか分からないが、ほとんど何を言っているのか分からない。だが、エヴァンはちゃんと聞き取っていた。

そうだ。こいつはエヴァンの事をエヴィと親しげに呼んでいた。なぜかそれが凄く癇に障った。

ジャスティンのことも、ジャスだかジュズだか呼んでいたが、なんでこいつの機嫌を損ねると僕が追い出されたりする訳?
こいつはいったいジャスティンのなんなんだ?

絶対親戚ではない。こんなやつが公爵家の一員だなんてありえない。

コリンは、表にいるジャスティンに聞こえないように、声を潜め訊いた。

「お前、誰だ?」

まるで目を逸らしたら負けだとばかりにこちらを見ていたもじゃもじゃ頭は、ちらりと戸口を気にして、小声で言った。

「ヒナ……小日向奏」

コヒナタカナデ?聞き慣れないし、変な名前。面倒だからヒナでいいか……。

「なんでここにいる?」

「住んでるから」と言って、ヒナはムッとしたように口をへの字に曲げた。そっちこそなんでここにいるんだとでも言いたげな顔つきだ。

ものすごく腹が立ったが、コリンは澄まして質問を続けた。

「ジャスティンとはどういう関係?」

「教えない」とヒナは即答し、ぷいとそっぽを向いた。

教えないだと!くっそう……生意気なガキめっ!

「別にいいけどね。ジャスティンに聞くから」
ふんっと鼻を鳴らし、思ったよりも座り心地の悪い椅子の上で足を組み替えた。
まったく。お尻がヒリヒリしてきた。高そうなわりに最低な座り心地だ。

「教えないでって言うから!」ヒナは握っていたこぶしを膝に叩き付けた。

「な、なんだとっ!」コリンも負けじと鼻息荒くこぶしを握った。
腰を浮かせ、もじゃもじゃ頭に襲いかかってやろうかと思っていると、ジャスティンの声が聞こえ、慌てて座りなおした。

だが目の前のヒナはそれとは逆に立ち上がった。

跳ねるように駆けて行き、ジャスティンに正面から抱きついた。

コリンは先手を打たれた屈辱からか、カーッと頭に血が上った。

まさかこいつのせいでジャスティンは急いでロンドンへ戻ったの?兄さんに挨拶もせずに?じゃあ、ジェームズは?

コリンはジャスティンの背後に立つジェームズとおぼしき男性に目を向けた。

なんて綺麗な人だろうか?ジャスティンよりも背は少し高い。艶のある金髪を見事なまでに整え、服装にも寸分の隙がない。ジャスティンに纏わりつく、くしゃくしゃの犬とは大違いだ。やはりジェームズがジャスティンの恋人だ。

そうじゃなきゃ、絶対に納得がいかない。

つづく


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迷子のヒナ 79 [迷子のヒナ]

笑ってはいけないが、こんなふうに所有欲もあらわに抱きついてこられると、ついにんまりとしてしまう。
本来なら、お客様の前で行儀が悪いぞ、と叱るところだが、なにせコリンは客ではない。いや、招かれざる客とでも呼ぼうか。

ジャスティンはヒナのくしゃくしゃの髪に指を通し、もつれた巻き毛をひとすじだけ梳かした。

うしろからジェームズの溜息のような呼吸音が聞こえた。馬鹿にしているのか、呆れているのか、それとも羨ましいのか。

「自己紹介は済んだのか?」

穏やかに自己紹介とはいかなかっただろう。先ほどのやり取りを見る限り、お互いにいつ相手に掴みかかろうかと機会をうかがっているようだった。

「ヒナはちゃんとした」ヒナは興奮気味に答えた。

どうやらコリンの方はしなかったようだ。

「いい子だな」とヒナの頭をくしゃくしゃとし、思わず抱き上げようとしたところで、ジェームズのわざとらしい咳ばらいが聞こえた。それはまずいでしょうとでも言いたげだ。

たしかにまずい。

ジャスティンはさっと背筋を伸ばし、緩んだ顔も引き締め、ヒナに言った。

「ヒナ、今すぐに着替えてきなさい」

「ジュスも一緒?」ヒナは不安そうに見上げたまま訊いた。

「ダンを部屋にやったから。戻ってきたら、お茶にしよう」

「お茶いらないから行かない!」ヒナがぎゅっとしがみつく。

やれやれ。離れている間にコリンに居場所を奪われるとでも思っているのだろう。だがコリンは、現在ジェームズに目を奪われている。まったく。誰もがジェームズに見惚れる。あの完璧な容姿にヒナが惹かれなかったのが不思議なほどだ。

「ヒナ――」ジェームズが背後からヒナに声を掛けた。サッと腰を折り、何か耳打ちをすると、ヒナは後ろを振り返りコリンを見て、一目散に駆けて行った。

ジャスティンは唖然とヒナの背を見送り、それからジェームズに視線を移した。

「お前、ヒナに何を言った?」

ほとんど尊敬の眼差しになってしまっている自分が情けなかったし、ヒナを自在に操るジェームズに嫉妬してしまう自分も情けなかった。

「教えるわけないでしょう」とジェームズは表情ひとつ変えず、言った。

ふんっ!まあいいさ。
まずはヒナが戻ってくるまでに、コリンと話をつける必要がある。

さあ、急がなければ。

つづく


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迷子のヒナ 80 [迷子のヒナ]

午後はまるまるお休みを頂いたはずなのに、たまたま用事が早く済み屋敷へ戻ったところ、旦那様が凄い剣幕でダンを探していたと言われては、残りの休み時間をのんきに部屋でゴロゴロしようという気は瞬く間に削がれてしまった。

ダンは肩を落とし、念のため尋ねた。

「旦那様がお戻りに?」

そうウェインに尋ねるのもおかしな話。ウェインは旦那様の近侍で今回もウェルマスへ同行していたのだから、ウェインがいるという事は旦那様も居て当然。

「昼には戻っていたんだ。それよりも大変なのは、ヒナの恰好。僕は見ていないんだけど、シモンが言うにはとんでもなく淫らな――ああ、いや、乱れた格好だったらしいから、さすがに旦那様も見兼ねたっていう訳さ」ウェインは、じゃあ伝えたからなと言って、慌ただしく姿を消した。

昼には戻っていた?いったいどうして?ダンは裏階段を使いヒナの部屋へ向かいながら、その理由を考えてみた。
ヒナに問題が起こっていることは薄々気づいていたし、屋敷内が慌ただしいのも気付いていたが、旦那様がたった一日で戻ってくるほどの何かが起こっているなら、なんで誰も教えてくれなかったんだ?

僕はヒナの近侍だぞ!

部屋へ入ると、ダンは時間を確認した。六時十五分前。晩餐の時間には少し早いが、お茶の時間としては遅い。

「ダンっ、着替え」甲高い声とともに、ヒナが駆け込んできた。息を切らせて、もじゃもじゃ頭を揺らして。

「ヒナ、そ、その恰好はどうしたんだい?」
朝の完璧な装いからは程遠い姿に、ダンは腰を抜かしそうになった。なんて酷い有様だ。こんな恰好で屋敷をうろつかれたら、僕の首が飛びかねない。もしかして、すでに飛びかけているのか?

「お昼寝して、起きたら、こうなってた」

いやいや。昼寝してもこうはならないだろう?まるで嵐の中散歩に出たみたいな格好だ。

ダンが苦笑している間に、ヒナはすっかり丸裸になり、着替えを探して衣装部屋へ入って行った。ヒナはすごく急いでいるようだ。

「下着は脱がなくていいんだよ」と声を掛け、ヒナを追いかけた。放っておいたら確実に僕の首は飛ぶ。なんたってヒナはボタンひとつまともに留められないのだから。

つづく


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